1996年9月から10月にかけて約1ヶ月仕事で
米国各地すなわちネバダ州、カリフォルニア州、シ
カゴ、フィラデルフィア(郊外のブルーベル)を旅行
しました。その時の印象記です。

米国BUMPBUMP(すなわちでこぼこ)旅行メモ(その1)

1.悲しい初夜

到着したのはネバダ州で(多分青森県に匹敵する)田舎なのですが、
そのなかでも、どうも札付きのモテルで、初めての夜(ワクワク)を迎
えたと、おぼしめせ。時差ぼけで眠れぬまま深夜12時半、なにか変な
音がします。

トイレのタンクの水は、バルブ故障で15分おきに流れるのですが、そ
れじゃない。なんか、不規則にポッタンポッタンと聞こえます。よくわ
からないので、まっいいかと眠ろうと試みたが眠れず...まだ、聞こ
える変な音が...ポッタンポッタン。

むむ、と突然気づきました。さっき夕食の帰りに雨がかなりの勢いで降
りだしてた。誰かがストームだと言っていた。跳ね起きて、天井をみる
となんと、雨漏りが...。テレビの載った棚の上にかなり水がたまっ
てます。

とりあえず、タオルでふいたのですが、水はたまるばかり。しばらく考え
て、フロントに電話することにしました。英作文をしなきゃ。雨漏りっ
て英語でなんと言うのか?????
いいや、と電話して、「It is raining in my room!」といったら、通じ
ました。

その後すぐ、若い黒人の(名前聞いたけど忘却しました)人がやってきて
部屋を移っていいよ。といってくれたが、荷物を全部ほどいて、パジャマ
なのにー、と思い、雨がやむならこのままでもいい。とか口走ったのです
が、「まあ、必要な荷物のみ移せばよい、運ぶのを手伝うから。この部屋
の鍵もキープしてて良いよ。」といってくれたので、深夜の引越しをいた
しました。寒くてふるえながら。

とりあえず移った部屋は、トイレのタンクも完璧で、気に入りました。
さて寝るか?

時間は1時を大幅に過ぎてます。根室じゃないねむろうと努めたのですが
ますます眼がぱっちりとさえて眠れません。パソコン通信でもやるか。さ
っきの部屋ではうまくつながらなかったが今度はOKかも。と、はじめた
らやはり、どうしてもつながらずハマルこと1時間。もう3時近い!

無理矢理寝ました。

翌朝雨漏りの部屋に行ってみたら、ごみバケツが置いてあり、水がたっぷ
りたまってました。外は晴天なのに。

荷物をすべて移し、フロントに雨漏り部屋のキーを返しに行ったら、ロビ
ーに今回エスコートしてくれてるドナヒューさんが眠そうなしかし怒った
顔をしていてるので、訳をきいてみると、なんと彼の部屋でも雨漏りした
、しかもベッドの上に。夜明けに気づいたら、体がびしょぬれで、寒いの
で、ドライヤーで体を暖めたんだと。

われわれが、この田舎のモテル(名前は立派なリノ・インだった)を早々
にひきはらい、市内のヒルトンに移ったのはその日の昼食後でした。途中
車中からみたネバダの山の頂上付近には雪が真っ白につもり青空にはえて
きれいきれい。
以上第1話の終わり。

米国BUMPBUMP(すなわちでこぼこ)旅行メモ(その2)

2.たたけよ、されば...
さて、米国のかたは、どうも力強い。か弱い女性もいらっしゃるが
それは例外。私のほうがずっとか弱いです。

その証拠がひとつ。

ある日、サンフランシスコのチャイナタウンにて、ヤムチャをやっ
たあと、(当然ビールはいっぱい飲んでいました)車で次の目的地
シリコンバレーに向かいました。運転はこのときのエスコート役の
リーさんです。車の中で片言会話中に、ふと私は催してきたのです。
10分ぐらい我慢しました。渋滞で車は1マイルも進まない。そこ
で車の燃料メーターを示し、「コノ車ノガソリンタンクヲ、イッパ
イニ、シマセンカ? ワタクシハ、ワタクシノタンクヲ、カラニシ
マスカラ」といったらリーさんは、「?」としばらく考えていまし
たが(多分考えたと言うより、下手な発音の音声認識に暇がかかっ
たのでしょう)、「OK。ワカリマシタ」といって首尾よく、手近
のガソリンスタンドに車をいれました。

私はしめしめというわけで、トイレにいったのですが、ドアがあか
ない。ノックしてみましたが返答があったかないか定かでない。米
国のトイレはやたらにひろいので、聞こえないのか?
しばらく待ちました。でも誰も出てこない。だんだんせっぱつまっ
てきたわれわれ、(連れがもう1人いた)相談して、路上放出はや
めてりーさんに来てもらいました。

怪訝なかおでやってきたりーさん、しばらくドアを眺めてましたが、
いきなり足でドアを思い切り蹴飛ばしました。すると、なんとドア
があくではないですか。

思いを果たして出てきた私にリーさんは、「オシテモ、アカナキャ
ケッテミナ」とおっしゃったのです。トホホ。

後日談。また、別の田舎のガソリンスタンドのトイレで、私開かな
いドアを蹴ったのですが、ガソリンスタンドのキャッシャーが恐い
かおでにらむ。仕方ないので、彼のところに行ってみたら、大きな
鍵を渡してくれました。

教訓:
米国のドアを開けるには、まず押してみる。次に蹴ってみる。
最後に鍵を探す。

後日談:
今朝ブルーベルのアパートのドアがあかなくなってしまいました。
上記の教訓を全てためしてもダメ。外にでられない状態。よくよく
調べたらドアの下の敷居の部分のプラスチックが割れて、ドアの下部
の金具に食い込んで動かないのです。そこで、台所からスプーンを持
って来てドアの下にさしこみ、なんとか開けることができました。
敷居は、折りよく持参したガムテープで応急修理しました。
教訓にもう一つつけくわえる必要がある。スプーンは常に携帯せよ。

後日談その2:
今日PCショップで買い物をして、自動ドアから出ようとしたら全然
開きません。体重が軽いせいか、でもこのごろステーキの食べ過ぎで
おもくなってるがなーと悩んでいたら、連れの方が、「おい、ここは
入り口だぞ!」とおっしゃいました。でもそのとき店員さんが、特別
にスイッチを操作して開けてくれました。好きだなー親切な米国人は。

以上おそまつ。

米国BUMPBUMP(すなわちでこぼこ)旅行メモ(その3)

BUMPってなにか、と思ってる方もいらっしゃるでしょう。ある日

ハイウェーの路面が良好なところに差し掛かったので、「この道は
新しいらしくて、路面がでこぼこじゃないっすね」という意味の英
語を口走りたかったのですが、「今、コノミチハ、チイサナアップ
ダウンガ、ナクナッテイイデスネ」としか、いえなかった。すると
運転中のリーさんは私のメチャ発音の音声認識をした後で、「チイ
サナ、アップダウンヲ、BUMPトイウノデアル」と教えてくれた
のです。
その後、ブルーベルで通勤を始めて見ると納得しました。会社のそ
ばに、「BUMP」と道路標識が立っており、そこには人為的に段
差が作ってあったのです。歩行者保護のためスピードを落とさせる
のが目的らしい。

まえおきが長かったですね。それでは

3.ドライブはたのぴー

米国では、車がないと暮らしていけません。そこで、ネバダとシカ
ゴを移動中は、まずドライバー見習い(他人のレンタカーをちょっ
と運転させていただいた)をしたり、ナビゲータをしたりしました。

ナビゲータも大変です。土地感がない、地図はもちろん英語でマイ
ル表示、老眼で特に夜間は字が良く見えないおまけにドライバーが
英語しか理解しないとなると...。
シカゴで、イタリアレストランで講師と夕食会のあとこの典型例に
出会いました。おまけにどしゃ降り。当然(イバルナ)ながら、道
を間違い、ドライバーのリーさんに「地図ヲヨム訓練ヲシナサイ」
と怒られました。まあ、あまりたいした遅れにはならず(1時間の
余計ドライブ)、車内でカラオケ(ラジオのフォークソングに合わ
せて歌った)をやって帰りました。

フィラデルフィアについて、初めて自分用のレンタカーを借りたの
ですが、なんとかレンタカー店員のおねーさんとの英会話をこなし
て表にでて、車(なんでシビックなんだ!)に、キーを差し込み、
まわして...あれ?なんともいわない。もう1度...だめ??
日本なら、ここでピンと来るのですが、とにかく舞い上がってま
すので、「米国仕様車はきっと別にスイッチがあるに違いない」と、
運転席をさがしまわりましたが、駄目。????となお、ためらっ
てたら、救いの神のリーさんがきて、「ナンダ、バッテリーがダメ
ジャン」とおっしゃいました。(そんな車貸さないで、お願い。)
車を変更して、OKです。(でかい外車を期待したが)今度は日産
のパルサーみたいな車。動きました。

走り出してからは、どうも日本人が米国にきてお決まりのドタバタ
で、曲がる時に方向指示をしようとして、ワイパーを動かす、四つ
角では、同乗者に「あっちの車線ね。」と、いちいち念を押される。
でも、まあ今のところ生きてますので、大丈夫。走行距離も多分
300マイルを超しました。

車のキーではもう一つ失敗しました。とある週末ワシントンDCを
見学に皆で出かけました。車はKさんのフォードで、私が運転、途
中のハイウェーでは、クルーズコントロールも使えるようになり、
順調デアルと思ってたのですが、サービスエリアで休憩後、車のキ
ーを差し込んだらうまく入らない。あれ、?????と悩んで、K
さんにも相談したりしたのですが、駄目。今度は、自分で気が付き
ました。ポケットに自分の車のキーも入っていて、キーを取り出す
時間違えた。

後日談:
フィラデルフィアに、なぜか日本人に有名なBOOKBINDERとかいうレ
ストランが、あります。
このときいらしてたエライ方にロブスターをご馳走になったのです
が、この時は、ナビゲータでした。道を2度間違い、エライ方は、
帰りに「タクシーで帰ろうかな」とおっしゃいました。もちろん冗
談で。
このときは、初めての夜間運転で、メーターライト(日本ではスモ
ールライト付ければ連動なんだが)のボリュームの位置がわからず、
またモタモタ。皆のため息が聞こえる。

でも、米国でのドライブはたのぴーです。皆様もぜひどうぞ。

米国BUMPBUMP(すなわちでこぼこ)旅行メモ(その4)

とにかく、食べないと生きていけません。お食事に関する悲喜こもごも
です。

4.食事もつらいよ
まず、米国に来て驚いたのが外であつらえて食べる物の量です。質より
量というのが基本方針らしい。空港の乗り換え待ちで、あわてて食べた
ハンバーガーが巨大、普通サイズのはずの飲み物のカップは日本でいうと
特大クラス。味付けがどうも薄いので、塩とコショーをふりかけて口に
押し込むのですが、なかなかなくなりません。

ただ、米国の名誉のために言うと、基本的な食料(牛肉やパンや牛乳や
ビールアンド野菜)は安くておいしい。ステーキはうまいのが日本の
半分以下の価格で食えるのには助かりました。ステーキの場合くどい
味付けがされていない(多分できないから)のがかえってGoodです。

レストランに食事にいくと、そのテーブルの係りが必ず、プレゼンテー
ションするのですね。「本日ノスペシャルハ...ムニャムニャ」この
ムニャムニャが全然聞き取れない。結局メニュをにらんでよさそうなのを
指差して注文する。まだ、関門があって、いろいろオプションを聞かれる
ので解らないなりに、適当に答えると結果は違ってたりします。
ステーキの焼き加減を聞かれたので、「レア」といったら「ウエルダン?」
と聞き返されて、つくづく発音の悪さを噛み締めたりもしました。

大体、発音不明瞭による聞き間違いが多い、「ヨウジヲクダサレ」といった
はずなのに、チーズスティックが出てきたのには参りました。このとき
はウェイトレスが親切で、もう1度手まねで「ヨウジダッテバ」といったら
チーズスティックを引っ込めて、めでたく楊枝を持って来てくれました。
その楊枝に、イタリアの国旗が付いていて(お子様ランチ用でしょう)、
互いに大笑いです。

他にも食事どきの障害はあって、ネバダの田舎のレストラン(煙草のCM
フィルムにありそうな国道ぞいの典型的田舎レストラン)で、飲み物と
して、ビールを頼んだら、IDカードを見せろといわれたのには驚きまし
た。国際免許証を見せたら、ウェイトレスが「オオ、オマエハジュウブン
トシヲトッテルノデアル」といって、ビールを出してくれました。失礼な!
乾杯!

ウェイター、ウェイトレスにもいろいろあります。チップが少ないと明ら
かにふくれっつらをするが、それでは、と、少し色をつけるととたんに
スマイルサービスと、「ハブ ア ナイス デイ」のお世辞を振りまい
てくれたりします。ボーダーラインは15%ぐらいか。高額チップを勝手
に請求書に書き込んでくる輩(やから)もいて、この場合こちらがふくれ
っつらで、結局そのまま払う。


関係ないお話:週末に出かけたワシントンのホテルで、なんとカール・ル
イスに会いました。正確には接近遭遇して、お互いに目と目を見交わして
愛は語り合いませんでした。あとで、皆で「あれはカール・ルイスだよね」、
「うん、絶対そう思います」というわけで、4人の意見の一致をみたので、
絶対にカール・ルイスでした。サインをもらうようなミーハーな真似はでき
なかったです。